インドの鼻再建術は、長い間ヨーロッパには知られていませんでした。
それは医学書ではなく、特定の家系の秘伝の技芸として受け継がれていたからです。
この技術はインド国内で固く秘密として守られ、プネー近郊の特定の家系が代々受け継いでいたと言われています。
転機となったのは、ひとつの戦争でした。
1792年の第3次マイソール戦争の際、イギリス軍の牛車御者であったカワスジー(Cowasjee)はマイソール軍に捕らえられ、鼻と片手を切り落とされる処刑を受けました。
1年後、カワスジーはインドの伝統的な方法による鼻再建手術を受け、プネーのイギリス領事館付きの医師2名がその手術を見学し、挿絵入りで詳細に記録して『Madras Gazette』誌に発表しました。
その記録が1794年10月にロンドンの『Gentleman’s Magazine』誌に転載されたことで、インドの鼻再建術がヨーロッパに初めて紹介されました。
手術後のカワスジーの肖像画と手術工程のエングレービング(版画)が掲載され、この記事は西洋の医師たちに形成外科への強い関心を呼び起こしました。
イギリスの外科医カーピュー(Carpue)はそれを読み、技術を研究して1814年10月23日に初の手術を成功させました。そして1816年にその成果を発表したことで、インド法はヨーロッパ中に広まることとなりました。
こうした記録を読んでいると、心に引っかかるものがあります。
何世代にもわたって実際にその手術を行ってきたインドの術師たちの名は、ほとんど残されていません。技術に残されたのは、「インド皮弁」という呼び名だけでした。
私たちが今日使っている術式の中にも、名も残らなかった誰かの手によって生み出されたものがきっとあるはずです。
技術とは論文や学会だけで作られるものではないということを、この歴史は如実に示していると思います。
私自身、名を残したいという思いは毛頭ありません。ただ自分のいる場所で、自分を訪ねてきてくださる患者様のために最善を尽くし、少しでも技術を向上させることだけを日々考えています。
参考文献
- 「A singular operation」(カワスジーの症例)。The Gentleman’s Magazine. ロンドン、1794年10月。
- Carpue JC. An Account of Two Successful Operations for Restoring a Lost Nose. ロンドン、1816年。
本記事は上記の文献を参考に執筆されました。歴史的記述には文献によって年代や詳細に相違があり、確定できる内容には限界があります。該当する箇所については本文中にその旨を明記しています。
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